私が台湾へ行く理由

 

最近のブログは長くてごめんなさい! 今回も長くなってしまいました。

随分前のブログでも似たような記事を書いたのですが、 なぜか 今 またこの事を書きたくなってしまいました。

 

 

台湾にどうしてそんなに何回も行くのですか?

台湾のどこがそんなにいいのですか?

 

一体今まで何回この質問を受けたかわかりません。

その時のyumeizuの返答は、決まって「ゴメン!うまく説明できないよ!」と言っています。

 

 

人は皆 何か理由があるからそこに出向くと思うらしく、つまり、仕事で取材にいくとか、恋人に会いに行くとか

食べ歩きに行くとか etc・・・

 

yumeizuの場合は行きたいから行く、HPのタイトル「台湾に会いたい」の通り台湾に会いたいから会いにいってる

わけで、そこで なんで?なんで?と聞かれるとついめんどくさくなってしまうんです。

 

 

但し、1回目の台湾から今まで行き続けたのにはきっかけがありました。

それは 年下の友人に誘われて4泊5日の台湾ツアー(2014年1月)に参加したのが初めての台湾でした。

 

この時は母を交通事故で亡くしてから1年と半年が経っていて、その悲しみとショックからまだ立ち直れずにいました。

仕事の契約もちょうど切れたところで、新しい仕事をする元気もなく、生きる気力もなく毎日を過ごしていたんです。

 

 

そんな時に誘われた台湾旅行。何も考えずに「行く!」と返事をしました。

出発はお正月明けのちょうど寒い時期で、運悪く出発の3日前に風邪で高熱を出して、治っていないまま

台湾へと出発しました。

 

ぐるっと時計の反対周りに台湾を一周するツアーでは、熱が下がらず体調も悪いせいかどこに行っても楽しくなく

出される食事もあまり口に合わず、最終日の前日になりました。

 

 

最終日の前日は、人気観光地、九份でした。

九份に向かうバスの中で、ツアーガイドの葉さんと言う男性が、戦後すぐの台湾の話をバスの中で始めたのです。

日本が台湾から引き揚げてから228事件の事まで、事細かくまるで見てきた様に説明してくれたのです。

 

バスの中は皆疲れているのかほどんどの人が寝ていて、起きていたのはyumeizuと2,3人で

食い入る様に葉さんの話を聞いていたのはyumeizuだけだったかもしれません。

yumeizuの友人も横の席でぐっすりと寝ていました。

 

 

葉さんが228事件の事を話し出した時、yumeizuの目の前にはその時の映像が浮かんでは消え浮かんでは消え、

古い映写機に映し出される映画の様にその時の様子が見えたのです。

 

それと同時にその悲惨さと惨さ、そして悲しむ台湾の人達の姿にyumeizuはバスの中で大泣きに泣いてしまったのです。

はっと我に帰って、バスの中を見渡すと泣いているのはyumeizuただ一人。

恥ずかしくなって、それからはずっと下を向いていました。

この時の事を思い出すと今でも涙が出てきます。

 

 

台湾の戦後の事など、全く知らなかった自分の無知に恥じ入ると同時に、それを今教えてくれたガイドの

葉さんに感謝し、日本に帰ってからはお礼の手紙を書いて送りました。

 

それから yumeizuの台湾行が始まったのです。

それは母を亡くした悲しみからの逃避だったかもしれません。

逃避だったとしても、台湾の人達は陽気で明るく、すべてに於いて寛容な台湾はyumeizuの沈んだ心には

とっても居心地がよく魂が喜ぶ場所だったのです。

 

 

初期の頃のブログにも書いたのですが、台湾の占い師はyumeizuにこう言いました。

「貴方の前世は台湾南部の原住民、何かの事情で日本の九州に渡りそこで生涯を終えた。日本ではいつも台湾を想い出し

 故郷を心配し台湾に帰りたいと帰りたいと願い九州で亡くなった人が貴方の前世だ」と

 

もしそうだとすると yumeizuは今生で前世の無念な思いを果たしているのかもしれませんね!  

 

 

もし あの時 友人から台湾旅行に誘われていなかったら・・・・・・

もし あの時 ガイドの葉さんが台湾の戦後の話をしなかったら・・・ きっと私は台湾を知らないままでした!