台湾鉄道・臺南駅

 

yumeizu 日本時代の面影を残している台南駅 好きです!

「この駅からいつも電車に乗れる人はいいなぁ~」って思いながら駅を見てます。

 

 

駅名板の台南の漢字の「台」の字が「臺」になってるのも好きです!

変に新しくしないで、このままの状態で保存してほしいです。

 

 

駅舎の中には日本時代の古い写真も飾ってあって、嬉しいですね!

昔もこの駅には出会いや別れ、沢山の物語があったんだろうなぁ~なんて考えながら古い写真を見てると、

セピア色の写真に写っている人達の話し声や列車の走る音が聞こえてきそうでした。

 

 

ロータリーのヤシの木も南国情緒があってとっても良くて、

何より駅を背にして立つ「鄭成功像」がいいよね! 孫文や蒋介石じゃなくって「鄭成功」なのがいいです!

 

 

yumeizu前々から台湾にある銅像で思っていた事があります。

台湾なのになんで孫文?彼は台湾の為に何もしてないし、ましてや蒋介石は戦後のドサクサに紛れて、

台湾に逃げ込んできた敗残兵、挙句の果てには罪のない台湾人を大量殺人した首謀者。 

 

 

英語が話せてアメリカかぶれ反日の蒋介石の妻「宋美齢」のアメリカへのロビー活動が功をなして、台湾に居座り、

日本時代に残した天文学的数字ともいわれている台湾の資産を蒋介石は全部手にいれ、台湾を私物化した人達。

yumeizuは蒋介石には強い嫌悪感しかありません。 

 

 

民主化が進んだ台湾では、嘘で塗り固めた歴史や洗脳教育では台湾の人達はだまされません!

 

蔡英文総統は二二八事件の真相究明や戦後の台湾に残った莫大な資産を手に入れた国民党の内部資産も追及すると

明言されています。

早く台湾の歴史の真実が公になる事を日本より応援しています。でもとても心配もしてます。

 

 

台南駅の話から、横道にそれちゃいました。話を駅に戻します。

 

台湾の鉄道は日本統治が始まった早い時期に物流、交通の要として、総督府は鉄道整備を急ぎました。

台南駅は日本時代の1900年(明治33年)に洋風建築の建物が完成し、現在の駅舎は1936年(昭和11年)に完成しています。

 

 

当時は駅舎の2階には鉄道ホテルやレストランがあったみたいで、素敵な駅だったんだろうなぁ~と想像してしまいます。

いま 台南駅はリノベーションの案が出ているようで、昭和の時代の台南駅が美しく再現されれば、

日本からも観光客が増えるでしょうし、yumeizuもぜひ見てみたいです。

 

 

ただyumeizuの場合、ここ台南駅には別の意味で想い出があって、その時の出来事はまだ鮮明に覚えています。

 

以前のブログでも書いたと思うのですが、高雄まで帰る時、外人観光客だけが発行してもらえる5日間フリーパス

おじさんの駅員さんに見せても全く対応してもらえず、窓口ですったもんだして、

インフォメーションセンターに行くと「あなたは高雄へは帰れません!」と日本語で言われ

「うっそ~~帰られへんのぉ~なんでぇ~」と大阪弁で叫んでいた事があったのです。

 

 

インフォメーションセンターにいた駅員さんは、日本語が少し間違って使っていて説明不足でもあり、

つまり 「高雄行の自強号は満席で席は空いていませんが、立っては乗れます」と言いたかったみたいです。

台南駅に着くといつもこの時の事を思い出します。

 

窓口で切符を買う時はこの時のトラウマでおじさんの駅員さんは避けて女性か若い男性の駅員さんの所で買ってます。